「変わりゆく暦、変わらない暦」(2019年4月7日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

「西暦」という暦は、6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスがローマ教皇ヨハネス1世の委託を受け、主イエスの受肉(生誕年)を算出したことから始まります。ディオニュシウスはこの年号を「主の体現より(ad incarnatione Domini)」いわゆる「AD」と表しました。その後の研究で主イエスの誕生はADの4年前だっただろうと言われていますが、いずれにしろ「西暦」とは、主イエスの誕生を「紀元」とする暦であります。

さて、日本には江戸時代まで、元号や干支(かんし)という暦はありましたが、ある年を基準として年を数える「紀元」という考えはありませんでした。明治になってから西洋に倣い「紀元」で数える西暦などを使用し始め、同時に、日本書紀の神話をもとに推定した「神武天皇即位紀元」を定めて使用する時代もありました。それ以来「日本は悠久の歴史を持つ国である」と、歴史や文化の長さを誇るようになります。江戸時代までは、国の「紀元」にも、歴史の長さにも意識のなかった国だったはずなのに。

さて来月の新天皇即位に合わせ、元号が「平成」から「令和」に変わることになりました。天皇制についての是非はともかく、元号が変わることが意味しているのは、天皇は人であり、神ではないということです。こんな当たり前のことが、かつて第二次世界大戦下の日本で忘れられ、昭和天皇が現人神と信じこまされ、現人神のために、若い命が散っていきました。「元号」も「天皇」もいつかは必ず変わるもの。しかし「元号」がなんど変わろうと、「西暦」は変わることなく、この先もこの世のまことの王である、主イエスの支配とその時を、刻み続けていくことでしょう。

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