「見ないのに信じる人」(2018年4月8日週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

geralt / Pixabay


神を信じる人が体験する不思議な経験。いわゆる「信仰の体験」は、その人の信仰を強めてくれる恵みです。

古来から、神に近づきたいと求める人々が、様々なあり方で神秘体験を求めてきました。

そのようないわゆる「信仰の体験」を求めることは、キリスト教に限らず、あらゆる宗教において行われ、また証されてきました。

しかし「人間の体験」とは、あくまで人間の5感によって認識される「狭い領域」の事柄でしかないことは、覚えておきたいのです。

つまりこの世界は、人間の5感によって認識できる領域よりも、人間には認識できない領域のほうが、はるかに大きいのです。

ですから人間には認識できない領域で、いくら神様が働いておられても、わたしたちは決して「体験」としては認識できません。

人間が「体験」出来ない領域で、今も神様が働いていても、人は知ることも理解することもできないのです。

「自分の目で奇跡を見なければ神を信じない」「体験しなければ信じない」という人間の心のありようは、

たとえるなら巨大な太陽を、自分のちいさなコップのなかに捜しまわっているようなもの。

コップの中ではなく、天に心を向けるのが信仰です。

ゆえに主イエスはこういわれます。「見ないのに信じる人は、幸いである」ヨハネ20:29

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