『ミッドライフ・クライシス:人生の中間報告』   W.M.姉

はじめに:いきなりですが-もともと心理学に関心のあった私、カウンセリングにしばらく通っておりまして、教えてもらったことを取り入れてみようと思います。もしご興味があれば、最後のほうに質問を投げますので内省をしてみてください。細部に注意をしていただくと、瞑想になる(かも知れない)と思います。聖書の箇所も、もしよろしければ思いめぐらしてみていただけたらと思います。

 

自己紹介:ざっくり、花小金井を離れて約20年になります。H市在住で、40代、既婚、子供なし、院卒、休職中です。やさい自給率5割の週末ファーマーでもあります。日本研究関連でずっと細々と仕事をしております。目下ミッドライフ・クライシスの真っただ中で、メタファーを使うと、律法主義よりももっと大事なことがあると気がついて、少しずつその書き換えプロセスに入っています。ずっと日本においでの方から見ると、帰国子女のようにどこかが違うように見える(らしい)、けれどH市の地元の人から見ると日本人以外の何物でもない私、アカデミック分野の境界線をはじめ、国境線や言語や文化などのバウンダリーをいろいろと越えてきてしまったこともあり、自らの拡散傾向を持つアイデンティティ(つまり一生懸命にやればやるほど人格が割れる方向に引っ張る傾向がある)と格闘中で、人格統合のプロセスに非常に苦労しています。もともと16歳の時、この教会でバプテスマを受けたのですが、ちょうどその頃父が今の私と同じようにクライシスを迎えておりまして。いきなりフルタイムの仕事を辞めて、N国に3か月間行ったのを家族で見送ったことを覚えています。父と同じようなことをやっているなあと思うのです。父はその後、俳句という自己表現の世界を見出したのですが、私も今こうしてこのプロセスを書く形に少しずつ入りつつあります。私の場合、日本語は母語ではあるけれどすでに継承語の域に入っておりまして、コンテキストがぶつ切りになっているかもしれないこと、どうぞご了承ください。

 

学部時代は移民問題を扱うゼミにおりました。在日コリアンの学生の家庭教師をしたり、イギリスの黒人労働者問題についての卒論を書いたりしたあと、イギリスの大学院で、日本とイギリスの旧植民地出身者の比較をやっておりました。30代前半はH市の大学で研究員をやっておりまして、ジェンダー関連の晩婚化のリサーチをやっていました。その後ティーチングに回って少しずつやっております。今回はジェンダーのほうにポイントを絞ってお話ししたいと思います。

 

人生の選択について、人類学や社会学の質的調査の議論の一つとして、人はどう選択をするのか、その選択が人をどのように形作るのか、という整理の仕方があります。何も大きいライフチョイスではなくても、小さいチョイスがその人の人生を形作っていく。例えば、今回わたしはカウンセリングで考えてきたことを続けるか、それとも参加していた食関係の学会発表をするかと迷っていて、学会発表のほうを切りました。それまで読んでいた本とか議論などと、少し距離があると考えたからです。もし学会発表を優先していたら、発表をして、ペーパーを整理して投稿して、という方向になっていたかもしれない。でも、カウンセリングのプロセスを続行させることを選んだので、こういう風にお話をして、さらにH市に戻って、ジェンダー関係の研究会に呼ばれていますので、そこでまた整理してお話をする、という次のプロセスを意識してます。

 

また、心理学やライフコースなどの議論として、女性は特にライフイベントに従って、ライフステージが変化し、そのアイデンティティや役割にも変化が生じるという考え方があります。たとえば、結婚、妊娠、出産、子育て、介護、、、女性にはいろいろなイベントがあり、その役割がそれにしたがって娘役割から、妻役割、母役割だったり、と変化していきます。心理学の今の潮流ではないらしいのですが、私にとって今年役に立った議論として、C.G.ユングの「女性らしさの観点」と、キャロル・ギリガンの「もうひとつの声」を挙げておきます。ユングはミッドライフ・クライシスの宗教性を扱っていた人で、私は特に彼が母親との関係に苦労していたことに、共感して読みました。否定的母親コンプレックスという考え方が、私のケースにはぴったりだなあと思っておりました。母なるもの、女性的なるものに反抗しつくした挙句に、ロトの妻の「塩の柱」のようにまっすぐ前を向いて人生を歩んでいないことに、人生半ばで気が付くというのは、読んでいてはっとした次第です。次にあげる本もそうですが、私が小さいときに教会学校で読んだ聖書の読み方とは違う話が出てくるので、その点も興味深かったです。ギリガンの本は、ふつうフェミニズムの議論というと、女の人に強くなりなさいというメッセージを出すことが多い(ように思う)のですが-そして、それはとても大事なことだと思うのですが-この本は、弱さを包容することの大事さを教えてくれる、そんな温かいフェミニズムの本だと思っています。女性が妊娠、出産、、などのライフイベントを迎えていろいろと考えて選択をしていく過程を経て成長をしていく話(かつ、それが男性をメインにした議論とは考え方フレーミングなどが違うという話)なのですが、ミッドライフのイベントで、自分の思考の構造と、人生の現実とがぶつかる、というのはもう、ええええ-っという感じでした。

 

仕事に関する話ですが、20代の時は、移民の市民権やエスニシティについて考えていて、永住外国人とか在外邦人など、そうしたカテゴリーというのは、あれかこれかというものでは必ずしもなくて、実際にはグラデーションがあるなと思っていました。30代のときは、晩婚化のリサーチ・インタビューを20代後半から30代にかけてのシングルの女性に行っていたんですが、ナラティブ・セラピー的に私に話を吐き出して、自分で問題点を特定して、決断をしていくインフオーマントが結構いたことが印象に残っています。たとえば、付き合っている彼についての話をず-っとされた後、その後に結婚したという話がしばらく続いたので、母と娘の世代間ギャップをインタビュー調査していたときなど、私の母親の周りでは、わたしのインタビューを受けると、どうやら娘の結婚が片付くらしいという噂話まで出たほどです。

 

今、私がこの時点で振り返って思うのは、ジェンダー(性的差異)の問題って人生において突然出てくるんだよなあ、と。当時は、抽象的な思考でのみ考えていて、自分のケースの整理ができていなかったな、と。インフォーマントの人たちが、自分の経験と照らし合わせて議論していたことに、当時の私は戸惑っていたのか、私のプライバシーは売り物じゃないわ、とバリアーを張るのに精いっぱいだったように思います。でも一当たり前なのですが、議論を読んで頭でわかるのと、自分でやってみて体で理解するのとはずいぶん違うなあと。ようやく、ボトムアップで、自分のからだを通して経験的に思いめぐらしつつ、それをアカデミックなあるいは、社会に流布する議論と併せて考えて修正していく、そういう必要性がわかってきたところです。

 

プライベートについてですが、在外邦人という小さい日本人コミュニティの中で生活をしつつインタビューを行っていたこともあって、自分の気持ちを吐き出す場所を探すのに苦労していました。日本でいうと、ちょうど転勤族の方のケースが近いかもしれません。友達にインタビューをお願いしていたこともあり、プライバシーをたくさん抱え込んでしまっていたし、さらに一緒にリサーチをやっていた女性の先生と母と娘の共依存関係を知らず知らずに再生産していたりもして、、、一生懸命ではあったけれども最重要ポイントをしっかり外しておりまして。勝手にどうしようもないと思い込んでいた挙句に、不機嫌に30代を過ごしてしまっていたような、、、。その割に、20代、30代は、(自分の)仕事のことしか頭になくて、妊娠、出産については無期限後回しで、どこかちぐはぐでした。今にして思えば、仕事に没頭するのは、男性性が強すぎるからで、女性性がバランスを失して弱すぎるサインに他ならないんですが。強烈なジェンダーキックを食らいました。一言でいうと、過ぎたるはなお及ばざるが如し、というところでしょうか。今思うと自分の感情を大事にする方法も、それを行動にチャネリングしていく方法も、肩の力を抜く方法も知らなかったなと反省することしきりです。40代に入って、2年前に大きな転換点がありまして一目からうろこが落ちたというか、パウロのダマスカス行きというのか。パラドクスを使うと、ジェンダーに関し、何も変わっていない、けれどすべてが変わってしまった、ということを体験しました。学期中のイースターに体を壊して入院して、そのクラスは最後まで終わらせたのですが、しばらく仕事を休むように言われまして、いったい私は何をやってきたの?としばらくかなり落ち込んでいました。

 

が。それが私にとっての夜明け前になりまして。心の中の助けてという小さい声をキャッチしたので、それから体と心のバランスをとるために、太極拳やヨガを始めてみたり、漢方医や婦人科のお医者さんにも行きました。それから、カウンセリングにも通うようになりました。私にとって運がよかったのが、H市においでの日本人のカウンセラーかつ牧師さんのところに日本語でお世話になることができまして。交流分析の専門の先生だったのですが、心理学的な考え方と宗数的な(あるいは神学に関すること)を少し教えていただきました。そこに2年ほど通いまして、そのあと現在も通っている聖公会の牧師さんのところに、ときどきセルフ・カウンセリング式に英語で書いて整理したドキュメントを持って行って読んでもらっています。(返事が告解になって壇上から返ってきたりするので、時々礼拝中に逃げ出したくなるんですが、、、。)今回、ちょうど東京に一時帰国する前に間に合って、父との関係がようやく自分の中で整理がつきまして一ようやく幼児期と反抗期が済んだかな、という感じです。

 

以下、少し謎めいた(cryptic)な話になりますが、カエサルのものはカエサルに、神のものは神に、ということで、、、ここに書きます。カウンセラーに、ある人との出会いがきっかけになって、人格の結晶化か始まる、と言われまして。(念のため:話の持ち出しの許可は、カウンセラーから取ってあります)その人というのが、この聖公会の先生でした。教会には、シヤーマンが出てくるんだ。そうか。教会って祈祷所だったもんなあ、とびっくりした次第です。次に、統合のシンボルが出てくるはずという話になりまして一出てきたのが、鈴子さんが送ってくださった、マリア論、だったんです。で、ここから笑えるのですが、カウンセラーに言われたことを、私はずっとこれから忘れないような気がします。

確か:Wさん、ぴったりじゃないですか。異端だし、マイノリティだし、ジェンダーだし。ユングだし、肉体だし。ほしいもの全部人ってますよ。、、、 のようなことを言われまして。ん-。わたしの自画像って、そんなに変わっているんだろうか?と一瞬がく然とした次第です。そして、そう思う一方で、私自身の持つ、「異端」という言葉の認識を改めないといけないんだろうなあ、とも思いました。

そしてもう一点:たぶん今この時点で振り返って一経験を包摂していきながら思うことなのですが、こういう風にカウンセラーに言われたことが、私の中で、ユングとグノーシスとジェンダーとマイノリティ、、、というのが、マリオロジーを介してキリスト教につながるんだ、と理解し始めたきっかけでもあったんだろうなあ、と思うのです。

 

さらに私の場合、もともと哲学的な議論が好きだったこともあるんですが、そうした議論に触れる機会も増えつつありまして。たとえば今通っている教会、ソクラテス、プラトン、アリストテレスっていうところから礼拝の話が始まったりします…。フェミニスト認識論というのをだんだん意識するようになりまして-それでも、最初にあの-、マリオロジーについてちょっと教えていただきたいんですが、とおそるおそる切り出したあと向こうの先生(男性)が一瞬固まってしまわれたときには、本当にどうしようかと思ったのですが、、、。理由付けをリーズナブルに、うなづけるように現実的にするとか、そういうことを落としどころに考えています。

 

カウンセラーの最後の回の最後の言葉は、ペーパーを楽しみにしています、でした。

そこで、大学図書館のマリオロジーの書架の前で時々途方にくれたり、こうしてナラティブ・レポートを時々書いたりしながら、合間に畑仕事をしてバランスをとってます。

 

ということで一小学生の時、聖書はソロモンの雅歌が好きと断言し教会学校でせんせ方を困らせていた、当教会のもとフシギ娘のわたくしはおばさんになっても、その独白路線を相変わらず開拓中であります。

 

最後に、質問です。今、皆さんは、ライフステージのどこに立っておいでですか?

そして、今、どういう選択をなさいますか?

 

二つほど引用をしておきます。ミヒヤエル・エンデの「モモ」p321-322から、

「(略)世の中はすっかりとおのいてしまって、じぶんとはなんのかかわりもないと思えてくる。怒ることもなければ、感激することもなく、よろこぶことも悲しむこともできなくなり、笑うことも泣くことも忘れてしまう。そうなると心の中はひえきって、もう人も物もいっさい愛することができない。(後略)」-ミッドライフ・クライシスの参考に聖書の箇所として、 コヘレトの言葉、3章1-8節

「何事にも時かおり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれるとき、死ぬ時、植えるとき、植えたものを抜くとき、殺すとき、癒すとき、破壊するとき、建てるとき、泣くとき、笑うとき、嘆くとき、踊るとき、石を放つとき、石を集めるとき、抱擁のとき、抱擁を遠ざけるとき、求めるとき、失うとき、保つとき、放つとき、裂くとき、縫うとき、黙するとき、語るとき、愛するとき、憎むとき、戦うとき、平和のとき。」

 

この場をお借りしまして:廣島せんせをはじめ、コメントやお時間を割いて私とのおしゃべりにおつきあいくださった皆様、どうもありがとうございました。

 

 

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