「いつも共にいて下さるイエスさま」

1月22日主日礼拝での証(H.Uさん)

私は198843日に32才の時、花小金井キリスト教会でバプテスマを受けました。それから約30年間いろんな事がありました。今日は信仰を持ち、10年経った頃、乳がんになった時の試練と恵みを証しします。

当時は3人の娘たちが、高校3年、中学3年、小学3年でした。40才を過ぎ、小平市の定期検診を受け、公立昭和病院で精密検査を受けた結果でした。告知の後、何とか家に帰りましたが、その夜から眠れない夜が続きました。私はイエスさまを信じていましたし、永遠の命を与えられることも聞いていました。だけど、怖くてたまらないのです。6日目の頃、心は死に対する恐怖でいっぱいになっていました。きちんとした祈りではないのですが、苦しくてイエスさまに心を向けていると、ふっと「われもなく、世もなく、ただ主のみいませり」という言葉が浮かびました。

確か、讃美歌にあった、と思い、夜中の2時に探しました。私の大好きな讃美歌「ああ嬉しわが身も」の3番の歌詞でした。

 

「胸の波おさまり、心いと静けし、われもなく世もなく、ただ主のみいませり、

歌わでやあるべき、すくわれし身のさち、たたえでやあるべき、み救いのかしこさ」

 

真夜中に何度も、何度も、歌いました。私の生きたいという思いも、夫や娘たちの将来を心配する思いもなく、ただ主だけがおられる。その夜、告知から初めて、深く眠ることができました。

次の日の朝、反対の胸に痛みを感じました。不安で、明日が入院だというのに、病院で診察を受けました。担当ではない先生に「転移しているはずはない」と一括され、痛みは消えました。自分の心が嵐の中の木の葉のように感じました。その後、手術をして退院しました。

入院中もいろんなことに心配しました。そしてリンパ節に転移はなかったものの再発の不安もありました。

しかし、恵みもたくさんありました。告知されて23日した時、眠れなくて朝5時半頃に夫とブラインドから差し込む光を見ながら、「私はがんになったけど、イエスさまは大好きだよ。」と言ったこと。入院中、枕元に聖書と讃美歌を置いて、心のよりどころだったこと。日曜日に病院の屋上でベンチに座って賛美をしたこと。「讃美歌ですか?」と言って聴いてくださった方がいたこと。

手術後、半年して、冬の寒い青い空を見ながら、今、何の苦痛もなく生きていることを感謝し、生きる喜びを味わったこと。

あれから18年になりますが、いつも共にいて、どんな時も支えてくださるイエスさまに心いっぱいの感謝を捧げます。アーメン。

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