召天者記念礼拝での証 Y.Nさん

「召天者」の「しょうてん」という言葉を聞くと、三つの言葉を思います。
「昇る」「天」と書いた「昇天」。わたしたちの信じるイエス・キリストが、この地上に来られて、わたしたちの咎のために十字架に上がられ死んで、三日目によみがえられた。そののち40日間弟子たちとともに過ごされ、そして天に昇られた「昇天」。二番目はクリスチャンが召しだされる「召天」。そして三番目が「笑う」「点」と書いて「笑点」です。テレビの番組で日曜日の夜の「笑点」を見ておられる方はおられますか?この「笑点」の名づけの親は、立川談志だそうです。50年ほど前、朝日新聞の連載小説に応募した、クリスチャンの三浦綾子さんの連載小説「氷点」。1部が「人の罪」、2部が「人の赦し」について、当時大変人気となりました。それを聞いた談志が「むこうが罪をじっと見つめるなら、こっちは人の罪や業を笑い飛ばそうじゃないか」と「笑点」と名付けたうわさがあります。

お笑いつながりで、今日は義理の弟、S.Yについて、お話しさせていただきたいと思います。彼はこの教会で育ちました。初代のアスキュー先生、そして川井先生に導かれて、姉と妹と共に、10代で洗礼を受けてクリスチャンになりました。

一方彼は、落語が大好きな人間で、大学では落研に所属し、いずれは落語家になろうかと思っていたようです。最終的には、この花小金井商店街或いは教会通りに、寿司屋を開きたいということで、板前の修行を7年ほど続けていましたが、30歳の時に突然亡くなりました。彼の思いとしては、落語を聞けるそば屋でなく鮨屋を願っていましたが、その夢は叶いませんでした。
子どもに先立たれる親の悲しみというのは、いかばかりだったことかと思います。
以前からこの教会に関わっていた両親は礼拝に通い始め、義母は、彼がなくなる一年前にバプテスマを受け、義父は彼がなくなった一年後にバプテスマを受けました。最初は彼の病気が治ってほしいという願い、祈りだったでしょう。がやがて、人の命は神様が下さり、また神様がとられる大きなご計画の中で、人は召しだされるのだ、ということを、徐々に理解していきました。そして何よりも、いずれまた天国で会えるという大きな希望をもって、後半の人生を、平安の中で過ごすことができました。たとえるのは大変おこがましいのですけれども、「一粒の麦」の話があります。「地に落ちて死なずんば、ただの麦」というヨハネ14章のたとえに重ねながら、彼の死、神様の大きなご計画の業が、両親を信仰に導き、後半の余生を大変豊かなものにしてくださいました。もちろん、教会の礼拝と、皆さんの熱い祈りの中で、過ごせた後半でした。

わたしも、もう人生の後半に入りましたから、いろいろなことを考えますけれども、最近思うのは、マタイの福音書の25章のタラントの話です。タラントという、とても大きなお金のたとえ話です。旅立つ主人が三人の僕に合計8タラント、ひとりに1タラント、2タラント、5タラントをそれぞれ託して旅に出かける話です。1タラントの僕は、自分の思いで一生懸命預かったものを大事に守り、そして1タラントを主人にお返ししました。どちらかというと自分の決めた通りに生き、自分の価値観で自己実現をしていった生きかたですけれども、願うことならわたしは、2タラント、5タラントを預かった僕のように、神様の豊かな愛をしっかりと受け止めて、小さなことに忠実に生きて、またお会いする日に、「よくやったな」と喜んでいただけるような歩みが、人生の後半でできたらと願っています。

 

以上です。

 

2016年10月23日 召天者記念礼拝にて

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