青年大会を終えて    I.S.兄

私は八月十二日~十四日にかけて実施された第五十二回全国青年大会に参加させていただきました。今回が初めての参加であったため、期待と不安の入り混じった気持ちで静岡にある天城山荘に向かいました。今年のテーマは「MP+C~イエス様の生涯から私たちの使命を問う~」であり、講師に高崎教会の森淳一先生を迎えてメッセージを取り次いでいただきました。

私は青年大会を通して二つの気づきを得て、自分の信仰を改めて問い直す機会が与えられました。一つは青年大会の中で礼拝の賛美奉仕をさせていただいた時のことでした。礼拝をする前に奉仕者でお祈りをした際、「賛美歌の歌詞の意味を理解して神様を賛美できますように」といった祈りがありました。私はその言葉を聞いたときに、これまでの賛美奉仕に対する考え方を改めなければいけないように感じました。なぜなら奉仕をするとき、歌詞の意味よりも音符を追って演奏していることに気づかされたためです。確かに正確に演奏することは大事です。しかしながら奉仕者は賛美歌を歌う会衆が歌いやすいようにリードすることが役割です。そしてそれを全うするためには賛美歌が「私たちに何を問うているのか、何を伝えようとしているのか」を理解しておく必要があります。恥ずかしながらこれまで頭の片隅では神様に向けた賛美であることはわかっていながらも、何となく演奏している自分がいました。私は賛美歌の歌詞は聖書の御言葉と同じくらい大切なものだと考えています。と言うのも礼拝で「どんな曲を賛美していこうか」を選曲者が考える際、例えばメッセージの後に歌う賛美はメッセージに合った応答の賛美を選曲しています。会衆がメッセージを整理する時間になるようにという思いや、メッセージを通して得た御言葉に対して感謝を示す賛美であってほしいといった思いが込めていると思います。ゆえに賛美歌にもメッセージで神様が伝えようとしていたことが詰まっているわけです。今後「歌詞の意味を考えながら賛美すること」を忘れずに賛美奉仕が続けられればと思いました。

二つ目は三日目の最後のメッセージの時のことでした。メッセージの中で「居心地の良さがもつ危険性」について語りかけてくださいました。私にとってこのメッセージは衝撃的でした。なぜなら今回青年大会に参加するにあたって、今の教会生活でモヤモヤしていたことを解決するヒントが与えられたような気がしたためです。今の教会生活は非常に周囲の人に恵まれ、楽しく教会生活を送ることができています。しかしながら教会員との交わりが良好で楽しいがゆえに「神様と私の関係を礼拝のメッセージなどを通して真剣に考えられているか」と自分に問うた時に、自信を持って「YES」と言えない弱さがあるように感じていました。仲間内で盛り上がることは楽しいことです。それがとりわけ自分の考えを共有してくれる仲間であれば尚更です。しかしそうした楽しい関係を作ると一種の枠組みが構築され、仲間とそれ以外の人と線引きしてしまう怖さがあります。そのようなことを考えていたときに「神様がいつも自分たちの輪の中心にいることを覚えていなければいけないよ」と語ってくださいました。また神様は「絆やつながりといった枠を一度崩して、新しく造りかえて下さるお方だ」と知りました。

このように青年大会を通して、今の信仰生活を見つめ直す機会が与えられました。今回のテーマでもあった「自分にとっての使命とは何か」は、正直わかりませんでした。しかし目の前に神様から与えられる奉仕を精一杯取り組んで行きたいと思います。最後に青年大会に参加するにあたりお祈りに覚えていただいた方に感謝します。

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