信仰告白  W.K.兄  2014・6・22

僕が初めて花小金井教会を訪れたのは昨年の3月の中頃でした。当時、僕は1ヶ月前まである高校を志望していました。そこは幼稚園から小学校、中学、高校、大学まで独自の教育理念に基づいた一貫教育を行っている学校で、J学園という学園でした。そこでは学生の多くが学園内の寮で生活し、自炊や朝掃除、食事当番などの仕事をすべて生徒の手によって責任を持っていることに驚き、自分も普段のだらけた生活をこの学園で直していきたいなと思い、J学園を受験し、結果合格することができました。その後両親と今後、自分が家族と離れ離れになるので、どこの教会に毎週行けばいいのか話し合うことになり、両親からある教会に行ってみてはどうかと薦められました。それがこの教会と出会うきっかけとなりました。

この教会に出会うまで、僕はあまりキリスト教について理解することができませんでした。聖書の内容はよく分かっていても、その意味がよく分からないままにしてしまうことがあったからです。かといってその意味を探そうと思っても、学校の行事や部活動の関係で後回しにしてしまうことが多くありました。そんな中でこの教会を訪れて、礼拝に参加させていただき、御言葉に触れるうちにそれまで分かっていなかった意味が分かるような気がして、毎週の礼拝が楽しく感じられた半面、何か自分が触れてはならないようなものを触れた感じがして、おどおどしてしまう日々を送っていました。

年が明けて三学期の授業が始まり、国語の現代文で新聞のコラムを読みました。その内容はよく覚えていないのですが、こんな内容でした。

【少年は爆弾が破裂した時、自分の家族のことを思ったのだろうか。それとも親友への笑顔だったのか。パキスタンで小学校を自爆テロで襲おうとしたテロリストを少年が押さえた。その小学校には200人以上の生徒がいたという。宮沢賢治の本には「グスコーブドリの伝記」という物語がある。冷害で農作物に被害が出ることを知ったブドリは町の住民を避難させ、自ら山を噴火させて冷害を救ったという。誰かのために命を捨てることは難しい。戸惑いはあるし、くじけそうになる。そのうえでこそ、テロリストを押さえ200人以上の生徒を救い、自ら犠牲になった少年に世界からとても勇気ある行動だったとたたえられた。「英雄になれ」と言われた少年は、きっと今でも英雄であり続けるだろう。】

このコラムを読んで僕は驚きました。自分より年下の少年が生徒達のために犠牲になるなんて、どんなに勇気があることだろうかと考えるようになり、その結果自分から行動することで、意味があるんじゃないかと思い、バプテスマを受けようと思いました。

最初はどうしようかなと迷っていたのですが、毎週の礼拝に参加して御言葉に触れるうちに自分に何かが少しずつ見えてきたような感じでもう自分におどおどするような日々が無くなって逆に毎週の礼拝が楽しく感じられるようになっています。

「あなたがたには世で苦難がある。しかし勇気を出しなさい。私は既に世に勝っている。」(ヨハネによる福音書16章33節)という聖句があるように、今の世の中は苦しいことや辛いことでくじけることがたくさんあります。しかし、そこから乗り越えていく力を神様が持っていると信じています。だからこそ、どんな時でも祈り感謝しつつ共に歩んでいくことを証したいと思います。

 

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