「みんなの食事会」(2019年4月28日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

26日の金曜日の夜。東京北キリスト教会で月に一度行われている「みんなの食事会」に教会から数名の方々と参加してきました。

小さな雑居ビルの2階にある教会の部屋は、 長机を四つも並べればもういっぱいになってしまうスペース。

その場所に私が到着した夕方6時ころには、すでにたくさんの子どもたちとお母さんたちが、準備されたカレーを食べながら楽しそうに談笑していたり、狭い部屋のなかにも拘わらず、楽しそうに遊んでいる子どもたちの声が響く、そのにぎやかで明るい雰囲気が非常に印象的でした。

当初から、いわゆる「子ども食堂」を始めようとしたのではなく、教会員のお子さんの保育園の繋がりから、ちいさな食事会が始まり、1年半を経て、今は数時間のあいだに延べ90人ほどの人が、入れ替わり立ち代わりカレーを食べに集う、まさに「みんなの食事会」となったということでした。

月に一度の開催ですが、集う人々は同じ保育園のお母さん方や、なんどもここで顔を合わせて親しくなった方々であることもあり、この狭い空間にも慣れている様子。

子ども達も初めてきたオジサンにもやさしく話しかけてくれます。「いい雰囲気だなぁ」と、おかげでお腹も心もいっぱいにして帰ってきました。

今のところはカレーを共に食べる以外に、なにもプログラムはありません。

しかしむしろ伝道のため、貧しい人を助けるためという、隠れた目的意識がないからこそ、むしろ自然で自由な居場所になっていたようにも感じます。

もちろんこの場に集ってくる一人一人に、きっとそれぞれ課題があることでしょう。

そのすべてを知ることも解決する力も、教会にはないとしても、ただ一緒にご飯を用意して食べることくらいはできる、ということをあらためて思いました。

そして今になって気づいたのです。もしかしたらその共なる食事の場を用意して、みんなを待っていたのは、復活の主イエスだったのかもしれないと。

「イエスは、「さあ来て、朝の食事をしなさい」といわれた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである」ヨハネ21:12

 

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