「なお信じ続け、愛し続け、祈り続けるために」(2017年9月17日週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

どうせいつかは死ぬのなら、はじめから生まれなかったほうがよかったでしょうか。

どうせいつかは別れる日がくるのなら、出会ったり、愛し合ったりしないほうがよかったでしょうか。

どうせ祈っても、願いがかなわないとわかっていたら、祈らなければよかったでしょうか。

生きること、愛すること、祈ることには、いつも、自分の思い通りにはならないリスクがあります。

この不完全な世界に生きること自体、苦しみや試練というリスクと隣り合わせ。

だからといって、なんのリスクのない完全なる天に、はじめから生まれることが、神の御心ではなかったので、今、わたしたちはこの地上に一時の間、生かされています。

この地上という、悲しみや苦難のある荒れ野の旅のなかで、

なお天を仰いて、信じつづけること、愛しつづけること、祈りつづけるという、大切なことを学ぶために、

きっと人は、この地上に生まれてくるのでしょう。

関連記事

  1. 捨てられた王

  2. 聖霊と礼拝

  3. 「自分を通過」(2016年5月22日週報巻頭言 牧師 藤井秀…

  4. 「心が広げられますように」(2018年9月23日 週報巻頭言…

  5. 神は我々と共におられる

  6. 神との平和