「自分を愛する」ことと「自分だけを愛する」こと(2016年10月16日 週報巻頭言)

主イエスは「・・隣人を自分のように愛しなさい。」(マタイ19:19)と言われたように、「自分を愛する」ことと「隣人を愛する」ことは一つです。

「自分」のことを大切にできないのに、「隣人」のことを大切にするというのは、どこかに無理があります。もっとも身近な「隣人」とは、実は「自分自身」なのですから。

 「自分を愛する」ということ言い換えれば「自分は神に愛されている」と信じることです。「神の愛」に安心感と満ち足りた喜びを感じている人は、その愛を自然な形で隣人に分かち合うでしょう。

一方「自分だけを愛する」状態とは、「自分は神に愛されている」ことが信じられない心の欠乏感を、人からの賞讃によって懸命に穴埋めしている状態といえます。

罪の本質は、神の愛に対する拒絶です。神ではなく人からほめられようと、良いことをしていたファリサイ派や律法学者の罪も、そこにありました。

「神様に愛されている自分」を自分自身も愛し、大切にし、好きになりましょう。毎朝鏡に映る自分に「ああ素晴らしい。最高傑作だ」と言ってあげましょう。それはナルシストになることではなく、自分を愛し造られた神様への、美しい賛美であり感謝なのです。

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