自由にする言葉

2021年1月17日週報巻頭言
「自由に振舞う主イエス」       牧師 藤井秀一
このコロナ禍の状況にあって、すっかりマスクをして外出することが、当たり前になりました。二度目の緊急事態宣言以後、夜の街もひっそりしています。
今、マスクをせずに歩く人や、8時以降に営業する飲食店は、バッシングされるのでしょうか? 過敏症のためマスクができないとか、生活苦でやむなく営業する人もいるでしょう。今こそ、愛による想像力が求められています。
さてイエスさまは、当時のユダヤ人の間で驚くほど自由にふるまいました。律法学者やファイサイ派の人たちが、罪人と見下し避けていた、遊女や徴税人と平気で交流しました。そして罪人と見下されていた彼らに「あなた方のところに神の国はやってきているよ」と希望を語ったのです。
一方、異邦人が触れたものに触れて、自分がけがれないように、外から帰ると清めの洗いをしていたのがファリサイ派の人たちです。あるときイエスの弟子たちが手を洗わずにパンを食べるのに驚いた彼らに、主イエスはいいました。「外から入る食べ物が人を汚すんじゃない。心の中から出てくる汚れた思いが人を汚すのだ」と。現代の自粛警察にも通じる話です。
そのイエスさまの自由なふるまいを、ファイサイ派の人々は律法違反だと批判する。しかし主イエスはこういわれるのです。
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」と。
なぜなら、律法の本質は、人を愛してやまない「神の愛」そのものであるからです。

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