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「神学の最前線の現場」(2021年6月26日週報巻頭言 牧師 藤井秀一)
教会の働き人として整えられるようにと学んでおられる神学生を覚え祈る時として、毎年この時期を「神学校週間」とし、礼拝において現役の神学生を迎えて、証しと聖書のメッセージをお願いしています。今年は東京バプテスト神学校で学んでおられる、小平公憲さんをお迎えすることが出来ました。感謝です。
さてキリスト教を理解していく営みには、いくつかのアプローチがあると思います。自らの人生経験を通じて、神に対する理解を深めていく道。また神秘的な体験を通して神理解を深めることもあるでしょう。そのような「体験」を通し「神」を知ることに対して、「神学」という道は、「理性」を用いて、神を知る営みといえます。
著名な神学の入門書には、神学の定義について、こう記されています。
「神学」という言葉は、すぐに二つのギリシャ語に分けられる。つまりtheos(神)とlogos(言葉)である。「神学」は、従って、神についての議論であって、それは「生物学」が生命(bios)についての議論であるのと、ほとんど変わらない」(マグクラス)
しかし本来、有限な「人間」が、無限な「神」について、語ることなどできるわけがありません。にもかかわらず、有限の「人間」が無限の「神」について、なお語らなければならない。この緊張関係を失わないことが「神学」にとって重要です。
ですから「神学」する上で大切なのは、「自分」が「神」について考えるアプローチではなく、むしろ「神」がご自身について、なにを語っておられるのかを、聖書から虚心坦懐(きょしんたんかい)に聴き取ろうとすることです。その意味で、聖書を中心に置いて共にみ言葉を聴きとり、互いに受け取った思いを、謙遜に聴きあっていく「教会」の交わりこそ、「神学」の最前線の現場なのです。

 

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