「主イエスを信じる者の希望」(2020年2月23日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

 マルクス・アウレリウス帝治世のAD165年。ひどい疫病がローマを襲いました。西洋で最初の「天然痘」の発生だったと言われます。

疫病がつづいた15年の間、帝国の人口の4~3分の一がなくなりました。251年にも致命的な疫病が帝国を襲いました。「はしか」だったと言われます。

ところがその100年後、ローマはキリスト教国になります。

 宗教社会学者のロドニースタークは、「古代社会がこうした災禍によって大混乱におちいっていなければ、キリスト教は宗教としてこれほど支配的にならなかっただろう」と述べています。

その理由は、当時の多神教や古代ギリシャ哲学では疫病を説明できず、癒すこともできなかったが、キリスト教は人がそのような苦しい時代になぜ遭遇したのか満足いく答えと、希望にあふれ情熱的とさえいえる未来像をあたえたこと。

また社会奉仕と連帯の規範によって災難に対処したからだと述べています。(「キリスト教徒ローマ帝国」)

 また「疫病と世界史」を書いたウィリアム・H・マクニールは、こう述べています。

 「キリスト教徒が異教徒よりも優位に立つことのできた点は、彼らの信仰の教義では、思いもかけぬ急激な死のさなかにあってさえ、生が意味あるものとされたことである。・・・戦争や疫病あるいはその両方の災厄に痛めつけられながらも不思議に一命を取り留めた僅かばかりの生存者は、なくなった近親者や友人をおもう時、みんな・・・天国に生を享けるに違いない、と・・・自分の悲しみをいやしてくれるほのぼのとした慰めを得た・・・」

 苦難と失望の闇の時代。主イエスを信じた者の抱く希望が、周りを照らしました。

さて、兄弟ラザロの死を悼む姉のマルタに、主イエスは問いかけます。

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」

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