互いに愛しあう私たち

「恋と愛の違い」(2021年6月20日週報巻頭言 牧師 藤井秀一)
「恋は幻想、愛は現実。恋は落ちるものだか、愛は育むものである。
恋は幻想の中に落ちていくもので、落ち続けている限りは甘い思いをします。
その墜落の真っ最中は、幻想があたかも現実のように感じられ、夢のような時間がしばらくの間、続きます。・・・・
恋は現実を幻想へと向かわせますが、愛は幻想を再び現実へと連れ戻します。
恋が現実を彩らせるのに対して、愛は夢を色褪せさせます。そういう意味で、恋は幻想を見ることであり、愛は現実を見ることである、と言えるのではないでしょうか。・・・」(ジョン・キム)
「恋」と「愛」は別物と気づかせてくれる「恋愛論」の一節です。
「疲れ果てた あなた 私の幻を愛したの」という歌の歌詞を思い出しました。
理想を演じる偽りの自分ではなく、弱さも罪もある、ありのままの自分を受け入れてくれる「神の愛」を知らなければ、人は人の理想を演じつづける人生に、やがて疲れ果ててしまうのかもしれません。
「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をおつかわしになりました。ここに愛があります」(1ヨハネ4:10)
罪を償ってくださる神の愛を信じるとき、もはや罪を隠すことも自分を偽る必要もなくなります。無条件の神の愛を信じること、自分自身を生きることは、ひとつです。

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