「なぜ、わたしが」 (2015年12月13日週報巻頭言 藤井牧師)

151129-07なぜ、マリアは主イエスの母となるようにと選ばれたのでしょう。

神の選びの理由を、人は理解できません。

ヨセフと共に、ささやかな家庭を築くことを思い描いていたはずの、おとめマリア。

天使の告げる受胎告知の言葉に、

「どうしてそのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」と

言わずにおれなかった彼女の心のなかに、

「なぜ、結婚を目前にしている、わたしなの」という思いも、感じます。

「なぜ、他の人ではなく、わたしが」

そう思わされる出来事と、わたしたちも遭遇することがあります。

それは、嬉しい出来事の時もあれば、つらく厳しい出来事のときもあるでしょう。

天使の言葉に、マリアはしばし葛藤しつつ、最後に言います。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」

自分の思い、願いもあったマリア

「み言葉どおりこの身になりますように」と、彼女が静かに全てを受け入れていくとき、

「恵まれた方。主があなたと共におられる」と言われた、

神に選ばれし人の姿が、あらわになったのです。

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