「神の沈黙の答え」(2017年1月15日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

1月21日から遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督による「沈黙」が日本でも上映されます。「最後の誘惑」「タクシードライバー」のスコセッシ監督が、遠藤周作の「沈黙」をどのように描くのか期待されます。

「沈黙」のあらすじはこうです。島原の乱が収束して間もないころの長崎、幕府の弾圧により殉教する信者たちを前に、イエズス会祭司ロドリゴは神の奇跡と勝利を祈るが、神は「沈黙」しつづける。ロドリゴはやがてキチジローの裏切りで密告され、捕らえらた牢獄で夜半、遠くから響く鼾(いびき)のような音を聞く。実はその声は鼾ではなく拷問されている信者の声であり、彼らはすでに棄教を誓いながらも、ロドリゴが棄教しない限り許されない状態であると知らされる。自分の信仰を守るのか、自らの棄教によって、彼らを救うべきか、究極のジレンマをまえにロドリゴはついに踏絵を踏む。そのとき踏絵のなかのイエスが「踏むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつために私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」と語りかける。そして踏絵を踏み、敗北に打ちひしがれたロドリゴに、キチジローが許しを求めてくる。イエスは再び、今度はキチジローの顔を通してロドリゴに語りかける。「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ」「弱いものが強いものよりも苦しまなかったと、誰が言えるのか?」と。

この小説で遠藤が到達した「弱者の神」「同伴者イエス」という考えは、「なぜ神は沈黙しておられるのか」という問いに対する彼なりの答えなのです。そして今回スコセッシ監督はさらに新たな解釈を提示するかもしれません。しかしいずれにしろ、「神の沈黙」の答えを知るのは「神」です。やがて神の国に入る時、すべては明らかになるのです。

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