「この命にありがとう」(2018年9月16日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

9月第3月曜日は「敬老の日」です。

さて、子どもによる合唱でよく歌われる「いのちの歌」という曲をご存知でしょうか。

「生きてゆく事の意味 問いかけるそのたびに胸をよぎるいとしい 人々の暖かさ。

この星の片隅で 巡り会えた奇跡は、どんな宝石よりも 大切な宝物。

泣きたい日もある 絶望になげく日も
そんな時 側にいて 寄り添うあなたの影・・・・

・・・・いつかは誰でも この星にさよならをするときが来るけれど、命は次がれてゆく

生まれてきたこと 育ててもらえた事 出会ったこと 笑ったこと、その全てにありがとう この命にありがとう」

子どもたちの愛らしい合唱で

「生きていくことの意味 問いかけるそのたびに・・・」

「いつかは誰でも この星にさよならをするときが来るけれど」

「育ててもらえた事 出会ったこと 笑ったこと その全てにありがとう この命にありがとう」などと歌われてしまうと、わたしなどはつい涙腺が緩んでしまいます。

この曲は讃美歌ではありませんが、この星に生きるようにと命を与えた主へ、感謝を歌う讃美歌のようです。

「泣きたい日もある 絶望になげく日もそんな時 側にいて 寄り添うあなたの影」という言葉などは、永遠に共におられる主イエス、聖霊をさえ連想させられます。

使徒パウロはいいました。「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされていきます」と。

だれでも年を重ねれば「外なる人」としての肉体は衰え「いつかだれでもこの星をさよならするときが来る」でしょう。

しかし主イエスの十字架と復活によって、神の命と繋がれた「内なる人」においては、苦しみの先にある復活、天に近づく希望と喜びは、むしろ日々新たにされていく。

ならばその希望に生きるわたしたちこそ「育ててもらえた事 出会ったこと 笑ったこと、その全てにありがとう この命にありがとう」と、心から主に歌いたいのです。

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