東京大学東洋文化研究所教授の安冨渉(やすとみ・あゆみ)著「生きる技法」に、こんな言葉があります。
「往々にして人は「自立しなきゃ」と思うと、「もっと人に依存しないようにしなければ」と考えてしまいます。
・・・こんな間違った命題を信じると、何が起こるでしょうか。これまで依存していた人に、なるべく依存しないようにしようと思うと、依存する先を減らすことになります。
しかし、そうやってどんどん減らしていったとしても、誰にも全く依存しない状態に至るのは、不可能です。
・・・最後に、どうしても切れない依存先が残ります。もしその依存先から「そんなことをすると、お前をもう助けてやらないぞ」と言われると、絶対に言うことを聞かざるを得ません。
たとえ露骨には言われないにしても、「この人に見捨てられたら、私はおしまいだな」と思ってしまいます。これはつまり、従属している、ということです。
・・・「依存する相手が減るとき、人はより従属する」「従属とは依存できないことだ」としても良いでしょう。
もしあなたが、人に助けてもらうことはいけないことであり、自分でなんとかしなきゃ、と思って抱え込んでしまう人であるなら、その考えこそが、あなたを人に従属させている原因だとご理解ください。
もちろんなんでも人に頼ろうとして、人が助けてくれないと当り散らすような人は、未熟なだけです。
しかし、自分が困っているときに、助けを求めることができないこともまた、未熟さの反映なのです。「助けてください、と言えたとき、あなたは自立している」ということになります。」
わたしは8年半の酒田での開拓伝道の間、東北の諸教会、そして全国の数百人の方々が祈り、経済的に支えてくださったので、だれにも従属することなく「わたしのボスは主イエスのみ」と、自由な伝道活動をすることができました。神に頼り、人に頼らない自立した生き方。それは神が備えた人々の助けに、素直に心を開くことなのです。