2023年5月7日主日礼拝ダイジェスト

「終末信仰の現代的意義」     藤井 秀一

4月は主イエスの「復活」と、天に昇られ見えなくなる「昇天」の出来事の現代的意義を、み言葉から共にみ言葉から聴き取りました。

 5月は、主イエスが再び来られる「再臨」「終末」の信仰を、今を生きるわたしたちへの「希望」と「慰め」の言葉として、み言葉から聴き取っていきたいと願っています。

さてこの現代社会において、キリストの「再臨」を信じることに、何の意義があるのか?そのような、つかみどころのない「再臨」という教えよりも、現代の様々な社会的な課題に、具体的に取り組むべきではないかと、問われる方もおられるかもしれません。

しかしイエス・キリストが地上に戻ってくるという「再臨」の信仰は、キリスト者の生き方において重要な違いをもたらし、また希望と慰めの源となる信仰なのです。

まず現代社会は、様々な問題や困難、紛争に満ちていますが、「再臨」信仰によって、最終的には神がすべての悪や苦しみを取り除き、正しいことが正しいとされる日がくる希望を持つことで、失望や、自暴自棄から守られます。

また「再臨」の信仰は、キリスト者の現在の生き方、価値観を示します。たとえば、主イエスのたとえ話のなかに、旅に出かけた主人にタラントを預けられた僕の話や、王が返ってきたときに、最も小さな人を大切に生きてきた人が、「この人は、わたしにしてくれたのだ」と、王から言ってもらうたとえ話があります。それらのたとえ話を通して、今を生きるわたしたちの生き方や価値観は、実は「再臨」を信じる信仰によって、基礎づけられていたことに気づきます。

また「再臨」の信仰ゆえに、キリスト者は互いに助け合います。現代社会での孤立感や個人主義が広がる中、「個人の完成」ではなく「神の国の完成」を希望する「再臨」の信仰は、困難を共に乗り越える教会コミュニティを形成するために必要なのです。

そして「再臨」の信仰は、神が最後の審判で正義を実現するという信仰でもあります。その希望があるので、キリスト者はこの時代の貧困、差別、人権侵害などの問題

をあきらめず、祈り、自分にできることを行っていこうとします。またキリスト者が平和を祈り願うのも、神と人、人と人とが平和に共にある「神の国」の実現を、信じるからです。   「御国がきますように」 「マラナタ(主よ来てください)」

 

 

 

 

 

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