生ける神に仕える

「希望と忍耐」(2020年6月7日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

先月、米国ミネアポリスで白人警官によって不当に命を奪われたジョージ・フロイドさんの追悼式が先日行われました。SNS上で翻訳をしてくださった方がいますので、スピーチの一部をご紹介します。

<フロイドさんの弟たちのスピーチ>

「兄はどんな人とも仲良く出来る人で、いつも兄の友達が何人も泊まりに来ていて楽しい思い出ばかりだ。兄は昔から人と接するときに敬意を払う人だったので、大人になってからも朝起きると家の外に行列ができていて、みんな兄と話したがった。ホームレスでも、ドラッグの課題を抱えた人でも、兄はまるで彼らを大切に敬意を払って話をしていたので、彼らは、さながら大統領のように見えるときもあった。そして兄は不当な仕打ちを受けた人がいたら、どんな時でもその人のために絶対に立ち上がる人だった。」

 

<公民権活動家で牧師のアル・シャープトンのスピーチ>

「ジョージはお母さん、お母さんと最後何度も言っていた。しかしジョージのお母さんは既に何年か前に召されている。どうしてお母さんを呼んだのか。それは、あのように首に警官の膝が置かれ息が出来ない、命が奪われるほどの苦しみを味わう時に「もう、そんな思いをしなくて良い世界に来なさい」と天国のお母様が見かねて呼んでいたのかもしれない。

わたしたちは希望を失う時がある。けれども信仰とは、まだ見ぬことを確信することである。ここまで、わたしたちは主に導かれて信仰により歩んできた。そして神はわたしたちを見捨てたこと、裏切られたことは一度もない。

ジョージ、君は世界を変えたよ。ジョージ、ゆっくり休めよ。

ジョージ、僕らは戦い続けるよ。ジョージ、僕らは行進を続けるよ。

今がその時だ・・・」

 

さて、約1970年前、激しい迫害の中にあったテサロニケの教会の人々のことをパウロこう言い表しました。「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐している・・・」(3節)

生きておられる神は、必ず愛と正義を実現してくださる。テサロニケの教会の人々も、またあらゆる時代のキリスト者も、この希望のゆえに苦難に堪え、信仰の働きと愛の労苦に生きようとしました。ゆえに、差別や暴力、不条理に対する私たちの戦い方とは、ただことばによらず、自らがまず、主イエスに従う生き方を通して世に示す、愛の戦いであるのです。

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