主において喜ぶ

「強くなる理由」(2020年11月15日週報巻頭言 牧師 藤井秀一)
先週、話題のアニメ映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を観てきました。
もともと漫画が原作。1巻~6巻までが昨年テレビアニメとなり、今回の劇場版映画はテレビアニメの続きのストーリー(原作の7巻、8巻)です。
つまり映画だけ観ても、登場人物や話の流れが分からないのに、観客動員数はアニメ映画では過去最高の勢いで、子どものみならず、大人までも巻き込んで話題になっているアニメ映画です。
舞台は大正時代。人間を襲い食う「鬼」と戦う少年剣士たちの話。
「鬼」といっても、もとは人間。鬼の血を浴びたものが、鬼になるという設定です。そして、鬼になると、異常に強くなり、手足を切られてもすぐに再生する不死身の体になる。特別の刀で、首を切るか日光に当たらないと鬼は死にません。
その「鬼」を退治する「鬼殺隊」には、特別な訓練を受けた若者だけが入ることができる。
主人公は竈門炭治郎 (かまどたんじろう)という「鬼殺隊」に入ったばかりの少年なのですが、今回の映画の中心は、彼ではなくて、彼の先輩である「鬼殺隊」のトップレベルの剣士「煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)」と、鬼のトップレベル「猗窩座 (あかざ)」という鬼との、ラスト数十分に渡って繰り広げられる、壮絶な戦いにありました。
なぜこの映画が子どもから大人まで、多くの人々の心に触れているのか、沢山の理由があるでしょう。私が感じた理由を、一つだけ書いてみます。
鬼の「猗窩座(あかざ)」と青年の「煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)」との死闘の途中、「煉獄」が小さかったころの思い出が、リフレインされるのです。
それは、病弱の母が、死の床において、幼い彼に語った、最後の言葉でした。
母は幼い「煉獄」に「なぜあなたは強く生まれてきたのか、分かりますか。」と問います。そして「それは、弱い人を助けるためなのですよ」と教えて亡くなっていくのです。
その母の一言を胸に、「煉獄」はただひたすら、自分よりも弱い者を助けるために、強くなり、やがて鬼と戦う「鬼殺隊」のトップのひとりになる。
そしてこの映画のラストで、弱い仲間を守ろうとして、彼は鬼と戦い殉死するのです。
この物語に多くの人が心惹かれるのは、自分のためにだけ強くなろうとする「鬼」たちと、弱い者のために自分を捧げる「人間」らしい姿が見事に対比され、その「人間らしい」姿への憧れと感動を引き起こしたからではないかと思うのです。
それは、私たちのために十字架の上に死んでいかれた神の子イエスにこそ、真の「人間らしい」姿が示されたように。

 

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