「対話の現場 教会学校」(2019年9月1日 週報巻頭言 牧師 藤井秀一)

私たちの教会では毎年9月を「教会学校月間」と定めて、「教会学校」の大切さと、参加の呼びかけをしています。

私たちが加盟する日本バプテスト連盟では、教会学校の目的をこのよう定めています。

「教会学校の目的は、その活動を通して、すべての人々がイエス・キリストを信じる信仰告白に導かれ、教会を形づくり、生の全領域において主に聞き、主を証しする生活を確立していくことにある。」

このような目的を掲げ、幼児から大人までの「教会学校」を行っているのは、おそらくバプテスト連盟だけです。(すべての教派を確認したわけではありませんが・・)。他の教派においては「教会学校」といえば、大人が子どもたちに聖書を教える「日曜学校」です。それに対してわたしたちの「教会学校」は、誰かが聖書知識を一方通行に伝達する場ではありません。クラスの一人一人の中におられる主イエスに導かれつつ、一人一人が聖書から受け取ったことを互いに語り、聞き合い、気づきと励ましをいただく現場です。聖書のほかにも「聖書教育」誌などの資料も用いますが、それさえも「答え」ではなく、「対話相手」。教師は、一人一人の中におられるイエス様だけです。

 

バプテスト教会はいわゆる伝統的な「信条」「信仰告白」「教理」を絶対化しません。しかし否定もしません。それらのものが生み出されてきたのも、その時代のキリスト者が、聖霊に導かれつつ、聖書の言葉に真摯に向き合い言葉にしたからです。ですから信条」や「教理」と対話するなら、それを生み出したその時代の信仰者たちと、聖書を囲んで対話することにもなります。

教会学校はその意味で「対話」こそが「いのち」です。限界ある人間は、誰一人として真理を独り占めできないゆえに、互いのうちにおられる真の教師、主イエスの御声に謙虚に耳を傾けます。聖書を囲んだ対話を通し、主の御心を尋ね求め続け、変化、成長し続けていく現場。それがわたしたちの「教会学校」なのです。

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