2023年1月29日主日礼拝ダイジェスト

聖書:エフェソの信徒への手紙4章7節〜16節

メッセージ:「共に成長する教会」

 

週報巻頭言 「教会成長論ではなく」 藤井 秀一

「教会はキリストの体であり、すべてにおいて すべてを満たしている方の 満ち
ておられる場です」(エフェソ1章23節)
年の初めから、この今年度の聖句をもとに、「教会」のイメージを豊かにすべくエフ
ェソの信徒の手紙を読んできました。最終回の今日は、「共に成長する教会」のイメー
ジを語る、4章7節以下の言葉に触れたいと思います。
4章7節以下には、いくつか「成長」という言葉が出てきます。
たとえば「キリストにより、体全体は、あらゆる節々が補い合うことによってしっか
り組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、
自ら愛によって造り上げられていくのです」(16節)などです。
さて、ここで語られている「キリストの体の成長」「教会の成長」とは、具体的には
教会員の人数が増えることを意味しているのでしょうか?
今はあまり聞かなくなりましたが、30年前のバブルが弾ける前までの、右肩上がりの
経済成長時代には、キリスト教界において「教会成長」「教会成長論」と言う言葉をよ
く聞きました。当時のアメリカや韓国のメガチャーチを研究し、急成長した要因を分析
しては、たとえば教会組織を「目的主導型」にすべきであるとか、「ミッションステー
トメント」が必要であると言われ出したことを思い起こします。その頃まだ20代後半だ
った私は、聖書の言葉を散りばめながら語られる、そのような「教会成長論」を実践さ
えすれば、日本の教会は成長すると思っていた時期がありました。
しかし、そこにおいて思い描いていた「教会成長」とは、結局は礼拝の出席者数であ
るとか、献金額のような「数」における成長であり、聖書はそのような意味での「教会
成長」など教えてはいなかったことに、40代で遣わされた開拓伝道の現場で、苦闘しつ
つ聖書を読み直す中で、気付いくことになりました。
キリストの体である教会は、人間の考えた組織論ではどうすることもできない、た
だキリストの愛により人格的に成長させられ、結び合わされ、造り上げられ、神の霊に
よって成長する共同体なのです。

 

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