こんなとき

  1. Fさん「こころに流れる礼拝」(40代前半・男性)

    私は昨年の11月から、花小金井キリスト教会の礼拝に出席するようになりました、Fと申します。礼拝と言っても実際には、夕礼拝に出席することがメインではありますが、その経緯について申しますと、私は仕事柄施設保安警備の仕事をしている為、曜日に関係なく24時間交代の勤務で施設に常駐することがあり、なかなか日曜日の礼拝に出席できない生活が続いていました。

    しかし、教会によっては朝の礼拝だけでなく、夕礼拝も行っている教会を西武新宿線沿線で探していた中、たまたまネットで花小金井キリスト教会のホームページを見つけ、しかもネット配信されている礼拝の模様を動画を通して、閲覧できた事から興味を抱き、仕事の都合上も踏まえてほぼ毎週の夕礼拝に出席する流れに至りました。

    礼拝に出席して2週間ほど経った時に、自身がギターを弾く事を藤井先生に話したところ、「是非とも一緒に賛美しましょう。」と奏楽の奉仕に招いて下さり、またそのお陰で過去これまでは聖歌や讃美歌といった古典的な賛美に慣れ親しんでいましたが、新しい現代的な曲調の賛美を知るきっかけにもなり、歌い、礼拝の中で奏楽させていただく事で、賛美に対する気持ちがこれまで以上に新鮮になり、礼拝を終えてから帰宅する車の中でも、その日の礼拝で覚えた賛美を繰り返し口ずさむほど、心の内側で流れるものを感じています。それは勿論賛美でもあり、学び得た御言葉からの供給でもあり、総合的に言えば何よりも恵みであると実感致します。

    花小金井キリスト教会での礼拝をきっかけに、礼拝に出席している時だけでなく、日常生活の中でも賛美を口ずさみ、また仕事へ向かう電車の中で礼拝動画を振り返って観たりと、そんな日常が教会に居ない普段の生活にもあることで、賛美と礼拝が生活の中に溶け込み、心に流れとなって教会に於いても日常生活於いても信仰が保たれている恵みに感謝し、何よりもまた花小金井キリスト教会へと導いて下さった主に、今はただただ感謝しています。

    心に流れる礼拝

  2. W.Kさん「人間関係に悩んだとき」(20代前半・男性)

    私がこの教会に来てから6年が経ちますが、改めて自分自身を振り返って見ると教会の奉仕に取り組む事が多くなってきていると感じています。
    例えば、毎週朝の主日礼拝では礼拝が始まる前に、プロジェクターを使って今日読まれる聖書箇所を提示したり、初めて教会に来る方でも「主の祈り」が読めるように文字の大きさを調整したり、また夕礼拝では司会の担当の他に、夕礼拝の場所作りやプログラムの作成、夕礼拝に歌う賛美歌の選曲を行うなど教会のいろんな奉仕に関わる機会が多いです。
    その一方で、教会の生活を送るにあたって、私は一つ課題にしていることがあります。
    それは教会員や初めて教会に来られる方々と会話する機会を増やしていきながら、交わりを深めていくことです。
    私は中学の頃から誰かに伝えることがとても苦手だったので、教会ではユースのメンバーが多かったこともあり、年配の方々と会話をする機会がありませんでした。むしろ自分の言った言葉や態度が誰か傷つけたり、嫌われる原因を作ってしまうのではないかと過剰な自意識を高校時代の初めは持っていたんだと思います。
    しかし大学生活を送るにあたって、進路について少しずつ考えるようになり、同時に社会人になるにあたって誰かと会話する機会を増やしていこうと、教会学校ではユースのクラスから成人クラスに移って聖書の学びを増やしたり、昼食の時間は男性グループの方で食事をしながら会話する機会を増やしていったり、夕礼拝では若者達と共に選曲した賛美歌を演奏していったりと、教会員の方々との交わりを深めています。
    まだまだ自分の中では素直に会話をしていく姿勢は少ないですが、それでも教会員の方々や初めて教会に来る方々との交わりや聖書の交わりを深めていきながら、教会生活を送っていきたいと思っています。
    最後に私の好きな聖書の言葉を読みます。
    「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
    ヨハネによる福音書16:33

    2019/11/08

    こんなとき

  3. H.Nさん「病のとき」(80代前半・女性)

    私は七月に頸椎性脊髄省・頸椎後縦靭帯骨化症に対する脊柱管拡大手術と腰部背中管狭窄症に対する脊椎固定術を二回に分けてM病院で受けた。
    七年間以上腰痛に悩まされ、痛み止めの薬を服用してきたが、今年の六月頃から足と腰の激痛で歩けない状態になった。
    神経的痛みは四六時中続き、夜も二時間ごとに目が覚めて熟睡できなかった。

    この状態のままだと耐え難い痛みと不眠でストレスがたまり、正常な神経状態でいられなくなるのではないかという不安に襲われるようになり、市内のかかりつけの先生を家族同伴で訪れて、手術する方向で相談した。

    先生も同意し、医師や設備、そして看護体制の整っているM病院を紹介してくださった。外来で色々な検査をした上で七月十日に頸椎を手術し、二回目の脊髄と腰椎の手術を七月二十九日にうけた。



    いよいよ1回目の手術、緊張して手術室に降りて行くと、入口にステンドグラス風の光の窓があり、確かアメイジンググレイスの曲が流れていて素敵な所へ行くような感じがしたのを覚えている。

    執刀医が「これから手術を始めます。」と言われたので「よろしくお願いします。」と応答した。

    「これから麻酔薬が入ります。」と言われ、私は主の祈りを唱え始めて「天にましま・・・・・」までは覚えているが、続きは何も記憶していなかった。



    気付いた時は、GICU(集中治療室)で担当の看護師さんに見守られていた。点滴や管や測定器に囲まれて、身動き一つできず、一人では何もできない状態だった。

    その夜は一睡もできず、傷の痛みとのどの渇きを看護師さんへ、ひたすら訴えていた。

    次の日の昼から一般病室に移り、三日目からリハビリが始まった。あんなに痛かった足が痛くないと実感した時は、俄には信じられず、何度も何度も動かしてみた。また前のように痛くなるのではないかと疑ってみたが、全然痛くなく、痛みから解放されていることに新鮮な驚きと感謝の気持ちでいっぱいになった。



    入院中は梅雨が長びき雨の日や曇りの日が多かった。



    六階の病室から外を眺めても、どんよりとした重そうな雲がたれこめ閉塞感を覚える日が続いていた。ある日、一日だけ雲間からの夕陽に照らされた雲が見られた。

    私は今まで見たこともない空の情景にすっかり心を奪われた。雲間をぬって降りて来て、地球に一番近い雲につかまって地上を見ている天使たちがいた。

    創世記の天地創造の世界へ強く誘われるような心象風景だった。こんなに素敵な雲を見させてくださったのは、神さまの慰めだった。

    教会に行けなくなった期間が長くなり、週報に「入院中」と報告されていたので、心配してくださる方やおたよりをいただいた方、お祈りいただいた方々に感謝感激。藤井牧師と数人の方々が月報や主日礼拝のメッセージを届け、祈ってくださったので、たいへん励まされた。



    後追いではあるが、七月の信仰生活を考える月間に、私自身の信仰をふり返り、残された生命ある日々を幼な子のようになって、神様に従っていけるようになりたいと思った。

    そして気にとめている御言葉は

    第二コリント1:4~「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。」

    優秀な執刀医と愛を実践している看護師さん達をはじめ家族・友人たちの多くの方々に支えられた日々だった。



    現在は、週一回の訪問リハビリと早朝のウォーキングを一時間弱続けている。

    こんなとき

  4. S.Yさん「洗礼式」(40代前半・男性)

    わたしは元々、キリスト教とは全く縁の無い仏教の家庭で育ちました。仏教の家庭と言っても特別信仰心があった訳では無く、新年の初詣も、適当に近くの神社へ行き、おみくじを引いて一喜一憂する年に一度のイベント程度にしか考えていませんでした。
    そんな信仰とは全く縁の無かった私が大学卒業後、就職のために上京したのですが、そこでクリスチャンの妻と出会いました。妻は外国人なのですが、日本語がとても上手ですぐに打ち解けられました。真っ直ぐな性格と優しい人柄に惹かれ、結婚を決意しました。

    結婚式は妻の実家の教会で行いました。結婚後も妻の実家を訪れた際は家族みんなで礼拝に行ったり、食事の前にお祈りをしたりしました。仏教家庭で育った私にはとても新鮮でした。異国の言葉なので意味は全く分かりませんでしたが、キリスト教を肌身で感じる生活を積み重ねるようになりました。

    そうこうしている時、妻から「家の近くの教会に行きたい」という相談を受けたため調べてみると、ここ花小金井キリスト教会がある事を知りました。

    妻との結婚生活でキリスト教を身近には感じていたものの、クリスチャンではないので、見知らぬ教会に行く事は少し勇気が必要でしたが、歩いて行ける距離ですし、何より妻と一緒ならと思い、行ってみる事にしました。

    宗教に対しては何となく敷居の高いイメージを持っていたのですが、初めて訪れた私達を教会の皆さんは、まるで昔からの知り合いや家族のように暖かく出迎えて下さり、良い意味で裏切られた第一印象でした。

    礼拝堂に入ってからも、そのたたずまいは美しく、居心地はとても良く、なぜか自然と心が落ち着きました。

    また藤井牧師のメッセージも抵抗無く、自然と心に響いてきました。とても充実した気持ちで礼拝を終える事ができ、自然と「また来たいな」という気持ちになりました。

    その日から主日礼拝に通い始めましたが、来る度に心が強くなり、気持ちが穏やかになり、不思議と満たされた気分になりました。

    信仰に全く興味のなかった私が、クリスチャンの妻と出会って結婚した事も、妻の相談がきっかけで花小金井キリスト教会に通い始め、幸せな教会生活を送れている事も、昔の私では全く想像出来なかった事であり、それが現実となっている事を考えると、イエス様の導き以外には到底説明がつきません。イエス様の存在に気付けた事を深く感謝したいと思います。

    イエス様の存在に気付かなかった今までは、人生は自分の力で切り開いていくものだと思っていましたから、何かで落ち込んだり、悩んだり、重要な判断を迫られたりした時、知人や家族に相談はするのですが、最終的には1人で処理するしかなく、それゆえに辛さや虚しさや寂しさを感じる事もありました。しかし今は、イエス様が側にいて下さっている事に気付き信仰していますので、そんな孤独な思いをする事は無いと思います。自分中心だった私の罪は、イエス様の十字架によって許され、わたしは救われていることを信じます。

    これからの人生において楽しい事ばかりではありません。当然様々な困難もあるかと思いますが、辛い時も悲しい時も、全ては意味あるイエス様の導きと信じて、どんな時もイエス様への感謝の心を忘れずに生きていこうと思います。その決心の意味でも、バプテスマを受けようと思いました。宜しくお願い致します。

    こんなとき

  5. Y.Yさん「転会」(70代前半・女性)

    花小金井教会に出会い、今ここにこうして立たせて頂いていることに感謝いたします。
    思い返せば、クリスチャン生活ももう40年、、、あっという間の時でした。

    息子たちの幼稚園選びがきっかけでした。当時世田谷の奥沢に住んでました。幼稚園もあちこちにありましたが、足で歩いて探した中で、一つだけ心に気にかかる幼稚園がありました。

    園舎はぼろぼろ、トイレはクレゾールの臭いでいっぱいでした。しかし先生との立ち話の中にも子供たちを愛しているんだな~という思いが強く伝わってきました。一つ一つの言葉に愛があったのを今でも忘れません。

    こうしてこの幼稚園を選び通うことになりました。このことがその後の道の大きな分岐点になりました。玉川聖学院の付属のとても小さな小さな幼稚園でした。

    幼稚園では、昼までのお迎えの間、お母さん達の為の聖書のお話会が開かれていました。

    参加者は3~4名でした。静かな温かな時間、初めて聞く聖書のお話はとても新鮮でした。ちんぷんかんぷんな時もありましたが、何とも惹かれるものがありました。

    その時いろいろなみ言葉に出会いました。ある日、難しい数学の難問がス~と解けてゆくような体験をしたのです。

    ちんぷんかんぷんとちんぷんかんぷんの間を風が抜けるような不思議な体験でした。分からなかったことが一つになるような経験でした。それからこの時間が楽しくなりました。

    そして大好きなみ言葉に出合いました。

    『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです』(Ⅰテサロニケ5:16~)

    このみ言葉との出会いは衝撃的でした。神様が語りたいのはこのことではないのかと直感したのです。私の中で今でも色あせない宝物のようなみ言葉です。
    このみ言葉との出会いから聖書への道、教会への道が開かれバプテスマへと導かれました。

    主人の転勤はその頃でした。小学1、2年生の息子たちを伴ってオランダ・ドイツでの海外での生活が10年近く続きました。

    多くのクリスチャンの方々と出会いました。オランダでは小さな家での家庭集会が日曜礼拝でした。

    オランダ語は何も分かりませんでしたが、英語で書かれた今日の聖書個所のメモを頼りにひたすら聖書に目を落としていただけでした。

    でもオランダを離れすでに30年を超える月日がたちましたが、そのご家庭とは、今でもまだ文通が続くほどの友人になりました、息子たちは礼拝のあとに頂けるお菓子だけを楽しみに通っていたのだと思います。
    この話だけでも一日では語れないほどの思い出が詰まっています。感謝です。

    5年近くのオランダ生活を終え、引き続きドイツへの転勤となりました。
    ドイツではデュセルドルフに日本人教会がありましたので、日曜ごとの礼拝は日本の教会と同じようでした。
    牧師はドイツ人という時期もありましたが、丁寧な日本語でのメッセージは心を打たれました。4年と少しの滞在でしたが、ここでも多くの友人に恵まれ励まされました。

    その後、ひと足主人より早く日本への帰国となり、市川八幡キリスト教会に通うようになりました。皆さまとは、今では家族のようなお付き合いとなりました。

    礼拝も行事も遊びも沢山ご一緒させて頂きました。市川八幡教会では牧師の辞任など辛い経験もありましたが、無牧師の時は祈祷会を中心に皆で支えあったのを忘れません。

    祈りの大切さ、み言葉に従う大切さ、神を信じることの大切さを強く学ばされた経験でした。悲しみや辛さを乗り越えた時、教会がひとつになったような、深いものを得た思いも共有しました。  

    多くのことを共に歩ませて頂きました市川八幡教会でした。20年の超える歳月は濃密な信仰を培わせて頂いた時でした。

    その間には息子たち、そして主人の信仰告白もありました。また、教会は違いましたが、母や姉や知人も信仰へと導かれました。不思議な出来事・・・否、不思議な出来事ではないですよね。人にはできなくとも、神には出来るとのみ言葉の成就ですから・・・。

    後ろ髪をひかれ尽きない思い出の市川八幡教会ですが、新たな旅立ちとして、この花小金井教会での歩みをさせて頂こうと決心しここに立たせて頂いております。

    私達の意思で選んだように思いますが、決してそうではありませんね。

    神様がここで信仰生活を新たにしなさいと仰っておられるのでしょう

    どこを切っても神様に支えられた人生、信仰生活であったと思います。

    この教会に出会えましたことに心から感謝いたします。

    どうぞこれからよろしくお願い致します。私たちの信仰の歩みを助けてください。

    また送り出してくださる,、、くださるであろう T牧師、Y牧師、そして八幡教会の皆さまにも感謝いたします。

    すべてに感謝。ありがとうございます。 

    (2018/3/11)

    こんなとき